獅子文六、ちくま文庫
☆☆☆
民放でテレビの放送が始まって10年経ったころの日本が舞台の軽妙な恋愛小説です。
主人公はテレビドラマで名脇役の地位を確立している坂井モエ子、43歳です。
モエ子はコーヒーを淹れるのがとても上手で、彼女の淹れるコーヒーを目当てに、周囲に人が集まってきます。なかでも、コーヒーが縁で同棲するようになった8つ年下のベンちゃんは特別な存在です。
しかし、35歳にもなって自活できないくせに演劇活動に熱心で浮世離れしているベンちゃんはある日突然、劇団内で意気投合した若い女優のもとへ後さき考えずに去ってしまいます。
急に一人ぼっちになったモエ子は悲しんでコーヒー愛好家の友人に相談を持ち掛けるのですが、ここから様々な人たちの思惑が絡み合ってドタバタ劇が始まるのです。
作者の獅子さんという方はNHKの連続テレビ小説の第一回目の原作を手掛けた方だそうで、そう言われると、この物語も喜劇ドラマの台本を読んでいるように感じられます。
モエ子の周囲には個性豊かで、社会的地位の異なる様々な人々が絶えず出入りしていて、読んでいて退屈しません。このところ、テレビドラマに出てくる女優さんは若くて美しい方ばかりなので、ここらで本作のような普通のおばさんを主人公にしたドラマを冒険的に制作してみるのも面白いんじゃないかと私は思いました。
このお話は昭和37年から執筆が始まったので、当時の日本の様子が反映されています。そのため、当時の日本の風俗や価値観が分かるので、その頃の人々の生活に興味がある方が読んでも面白いと思います。