何の事前情報も持たずに手に入れたため、読み始めてスグに意外に感じました。なんて言うのか、もっとエンターテイメントな作品だと思っていたのですが、終始、静かで穏やかな物語でした。
物語の舞台は北海道の札幌ではない中核都市。主人公は、ピアノを主に扱う楽器屋さんにピアノの調律師として採用されたばかりの青年です。
ピアノの英才教育を受けたわけでもない主人公が、ピアノの調律師を目指すきっかけとなった出会いから始まって、調律師になるための専門学校を卒業し、楽器屋さんに採用されるまでを簡潔な文章でこなして、見習い調律師として働き始めるところから物語の始まりです。
作中では特別なことは何も起こりません。主人公の成長は植林された木が少しずつ太くなっていくような速さだし、偶然出会った有名ピアニストに見いだされて世界に羽ばたくなんてこともありません。まるで、実在の新人調律師に取材して書いたドキュメンタリーのようです。
私は長いことバイオリンを弾いていて、ピアノも少し弾けるので、興味深く最後まで読むことが出来ました。しかし、発売前にこの本の原稿を渡されて、
「これは本屋大賞を受賞できるか?」
と質問されたら、
「否」
と答えていたと思います。毎日、アコースティック楽器を弾いていると、この本の主人公のように「不思議だな」と思うことがあるんですが、そういった体験をしている人が世の中の多数派を占めるとは考えられないからです。
でも、この本は本屋大賞を受賞しました。なぜでしょう?今の世の中、効率ばかり求めて、じっくり時間をかけて従業員の成長を待ってくれるような職場はないので、そんなことへの憧れから、この本が支持されたのでしょうか?
作者の調律師という職業への尊敬が形になった本です。