うつ病、無職の雑記帳

孤独です。しあわせになりたい。

くちぶえ番長

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重松清新潮文庫
☆☆☆
小学生向けに書かれた児童書です。とくに、主人公の年齢と同じ小学四年生に読んでもらいたい物語です。

 

この本の紹介文を書こうと思ったのですが、それよりも作者が書いたプロローグをそのまま載せるほうが、魅力が伝わると思えたので、そうすることにします。

 

・・・・・・・・・

 

「ネコをさがしています」という貼り紙を、きみは街角で見かけたことはないだろうか。飼っていたネコが、何かの拍子で家に帰ってこなくなったとき、飼い主が心配して、悲しんで、無事であることを祈りながら書いた貼り紙だ。
 ぼくは散歩の途中でそれを見つけるたびに、胸がきゅっと締めつけられてしまう。
 貼り紙が真新しければ、ご近所を探し回るパパやママや子供たちの姿が目に浮かぶ。かわいそうだな。早く会えるといいのにな。
 でも、胸の痛みは、古い貼り紙を目にしたときのほうが深い。何日も、何週間も、何か月も、電柱や掲示板に貼ってあるやつだ。ネコはまだ我が家に帰っていないんだろうか。飼い主の家族はもう半分あきらめているんだろうか。
 そばにいた誰かと離ればなれになって、二度と会えないまま―――というのは、ほんとうに寂しくて、悲しい。
 ぼくにも、そんな相手がいる。
 子供の頃に別れたきり、おじさんになったいまも会えないでいる。
 ネコじゃない。人間だ。小学校四年生のときの同級生だ。名前はマコトという。

 ちょっと男の子っぽい名前だけど、正真正銘の女の子。その証拠に―――ぼくは「オトナになったらマコトとケッコンしてもいいかな」と思っていたんだから。
 マコトは、ある日とつぜん、ぼくたちの町にあらわれて、ちょうど一年後にまた姿を消してしまった。それっきり、いまどこに住んでいるのかもわからない。
 あれから三十年以上の年月が流れた。
 ぼくは別の女の人とケッコンして、子供ができて、しばらくマコトのことを忘れていた。それはそうだ。おじさんの生活というのは、けっこう忙しいんだから。
 ところが、この春、ふるさとの家で物置を整理していたら、子供の頃のガラクタを入れた箱が見つかった。なにが入っているんだっけ、とドキドキしながら箱を開けてみたら、「うひゃあっ!」と声を上げてでんぐり返ってしまった。
 箱の中には、『ひみつノート』が入っていた。
 小学校四年生のときのノートだ。友だちにも両親にも先生にも見せてないから「ひみつ」―――それをわざわざ書くところが、われながらちょっと、ばかだな。
 胸をもっとドキドキさせて、ノートを開いた。
 なつかしい子供時代の字で書いてあったのは、小学四年生の一年間の物語だった。そうだ、小学四年生というのは、ぼくが初めて将来の夢を考えた年だった。本が好きだから作家になりたいと思っていた。だから、作家になるための特訓のつもりで、おもしろいできごとや忘れたくないできごとがあると、このノートに小説みたいに書きつけていたんだ。
 いやぁ、まいったなぁ、恥ずかしいなあ、なんて一人で照れながら、ページをめくった。
 春、夏、秋、冬。一学期、二学期、三学期。春休み、夏休み、冬休み。家で起きたこと、教室で起きたこと、町で起きたこと。うれしかったこと、ムカついたこと、悲しかったこと。できごとはさまざまでも、そこには必ずマコトがいた。笑ったり、怒ったり、涙ぐんだり、走ったり、泳いだり、くちぶえを吹いたりしていた。
 マコトにもう一度会いたいなあ、と思った。
 『ひみつノート』を読んでいるときも、ノートを閉じてからも、何日たっても、その思いは消えなかった。それどころか、どんどんマコトのことがなつかしくなって、どんどん会いたくなってきて・・・でも、マコトがいまどこにいるのかわからないから、ぼくは決めたんだ。
 貼り紙を出そう。
 もちろん、ご近所に貼るわけじゃない。
 おじさんになったぼくは、子供の頃の夢をかなえて、いまは作家だ。ウソみたいだけど、ほんとうの話だ。
 だから、マコトをさがす貼り紙は、一冊の本になる。きみがいま手にとってくれた、この本のことだよ。
 『ひみつノート』に書いたお話を、ちゃんと言葉の意味が通るように、ちょっとだけ手直しした。たくさん直してしまうと、あの頃のマコトやぼくが、どこかに消えてしまいそうな気がする。
 読んでみてくれないか。
 そして、マコトをさがすのをいっしょに手伝ってくれないか。
 おカネやモノでお礼はできないけど、いまはおばさんになっているはずのマコトは、きみが訪ねたら、きっと歓迎してくれるはずだから。
 きみのことをとても気に入ってくれたら、くちぶえの吹き方も教えてくれるかもしれない。
 マコトは、ほんとうにくちぶえのじょうずな女の子だったんだから―――。

 

・・・・・・・・・

 

読めば必ず、マコトをさがしたくなるはずです。作者とマコトが過ごした一年間の友情物語をぜひ読んでください。