塩野七生、新潮文庫
☆☆☆
十字軍は1097年から始まり、1291年に中近東にあったキリスト教徒の都市がすべてイスラム教徒軍によってなくなるまで続くのですが、この巻ではその最後の百年間をあつかっています。
成長してゆく人や組織の物語も読んでいて楽しいのですが、没落してゆく人や組織も勉強になります。
四巻にはフリードリッヒ二世のような優秀な王様も登場しますが、それはレアケースで、暗愚な法王と王様が多数登場します。キリスト教原理主義者がイスラム教徒によって、中近東の地でコテンパンにやられるのを読んで、反面教師としてください。
高い理想を掲げるのは大事なことですが、実現可能かを考えることも同様に大事だと思うようになるはずです。宗教と政治が分離されなければいけない理由が分かるようになります。
十字軍が始まった頃に創設された聖堂騎士団と病院騎士団のその後が書いてあるのですが、とても興味深いです。歴史的事実を知るだけで面白いのですが、それに対する塩野七生さんの分析も大変面白く、不確実な時代を生き延びる知恵が詰まっています。
1229年にフリードリッヒ二世が中近東を去ってからの十字軍は戦争で負けてばかりです。一番の責任者である法王は神様の意志を一般人に伝える人であることから、中世の西ヨーロッパでは神様と同列に扱われていました。ゆえに、
「神様が間違えを犯すはずがない」
と強く信じられていました。となると、次に敗戦の責任を問われるのは王様ですが、これには強い軍事力があるので、誰も怖くて言い出せません。すると、十字軍の作戦に発言権のあまりなかった弱い立場の人が責任を取らされるんです。
中近東に居場所がなくなった聖堂騎士団の面々はフランスに帰国するのですが、そこで待っていたのはいわれのない罪をかけられての拷問による獄中死または火炙りによる公開処刑でした。
いつの世も、力の背景がない弱い人間が権力に近づきすぎるとスケープゴートにされる危険があるということです。権力は甘い蜜ですが、服用法を間違えると猛毒にもなるので、権力者と付き合っている方々はお気を付けを。