伊吹有喜、実業之日本社
☆☆☆
装丁がポップなデザインなので、表紙に描かれている女性が若さと笑顔を武器に大きな仕事を成し遂げるお仕事小説かな、と想像しながら読み始めました。読み終わってみて、良い意味で予想を裏切られ、とても満足しています。
昭和12年から昭和20年の銀座にあった出版社を舞台にしています。現実社会では、昭和16年に日米開戦で、昭和20年に戦争が終わっているので、とても暗い時代です。
主人公は佐倉ハツ。物語の始まりでは小学校を卒業したけれども貧乏で進学できず、お金持ちの家でお手伝いさんとして働いています。
そこから、数奇な運命を経て出版社でアシスタントとして働くことになるのですが、出版社と言えば、現代ではエリートが働く職場です。戦前、戦中でもこのことは変わらず、ハツの上司たちは有名大学を卒業した人ばかりです。
しかし、そこには素晴らしい人格、教養、才能、信念をもった人々が集まっており、小学校しか卒業していないハツを馬鹿にするような人物は登場しません。
この出版社では、少女向け雑誌を作っているのですが、読者を【友】と呼び、彼方の友へ最良のコンテンツを届けられるのなら、性別、年齢、学歴を問わない自由な空気であふれていたのです。
この職場で、ハツは先輩方の薫陶を受けるうち、才能を見出され、物語の最後では主筆という大変重要なポストになるまで出世することになるのですが、お世話になった先輩たちが兵隊になって戦場に送られることとも関係があるので、単純なシンデレラストーリーではありません。
主人公はハツなのですが、魅力的な脇役がたくさん登場し、ハツが霞んで見えてしまうほどです。特筆すべきことは、イイ男が何名も出て来るので、女性に強く推薦する本ということです。紹介したいエピソードがたくさんあるのですが、これから読まれる方のために我慢します。
いくつもの逆境にも負けないで、前を向いて歩き続けるハツの物語は、NHKの朝の連続テレビドラマ小説の原作にピッタリだと思いました。