小川糸、ポプラ文庫
☆☆☆
《喋々喃々、ちょうちょうなんなん》男女が楽し気に小声で語り合うさま。
とても美しい大人の恋愛小説です。
ですが、不倫なんです。私は、不倫によって害を被ったことがないので、純粋に物語を楽しむことができたんですが、人によっては、
「不倫は絶対にダメ!」
という人もいるので、そんな人は読まない方が良いかもしれません。
はっきりと書いてありませんが、主人公の栞は20代後半かと思います。栞は東京の谷中という街で独りで中古の着物を売るお店を経営しています。そこへ栞の相手になる春一郎が着物を買いにやってきます。
春一郎のことで分かっているのは、左手の薬指に指輪をはめていること、IT技術者であること、頻繁に海外出張していること、十分な財力があること、くらいでしょうか。年齢に関する描写はなかったので正確にはわかりませんが、おちついた物腰から栞よりは年上に思われます。
不倫を扱った小説なのに私が《美しい》と表現したのは、ドロドロした場面が一か所もないからです。栞はお店と自宅を兼ねている谷中で一人暮らししているのですが、ひたすらに春一郎がお店にやってくるのを待っています。
春一郎の方もガツガツ求めるようなことはなく、忙しい仕事の合間を縫って栞を連れ出し、気の利いたお店で栞と会話を楽しんだ後は、「サッ」とデートを切り上げて帰っていくんです。
恋をして、相手との距離を丁度よい距離に保つことの難しさって多くの人が経験されているかと思うのですが、この二人はそれができるんですね。私もこんな恋愛がしてみたいものです。《不倫》というと破滅の匂いがしますが、こんな不倫ができたら素敵です。
最後に、無職で無収入の私のひがみを書いておくと、妻の他に恋人を持とうなんて男は金払いがよくなきゃダメです。春一郎が栞を連れて行くお店はどこもおしゃれだったり、粋だったする特別なお店です。そんなお店でスマートに支払いができるような男じゃなきゃこの物語のような恋愛は成立しません。女が一人暮らしなのをイイことに上がり込んで、
「ホテル代が浮くからここでやらせろ」
なんてことを目論む男は野暮で最低です。そういう三流の男はせいぜい奥さんを大事にしましょう。