神田茜、集英社
☆☆☆
知的障害を持つ男子中学生、夏見翔(かける)と彼の周囲の人たち、両親、友達の目線で書かれた物語です。
6つの章からなっていて、章ごとに異なる人物の目線で書かれています。
ハンデを持って生まれてきた人の苦しみや、それを支えなければならない人たちの悩みが正直に書かれています。なので、ハンデを乗り越えて、目標を達成し、最後に歓喜の涙を流すみたいな物語を期待する方には向いていません。
翔を取り巻く社会の描写もリアリティがあって、私は好感を持ちました。自分より弱い人、劣っている人の存在を確認することで、自分が優れた、あるいは幸せな人間だと思い込みたい醜い人たちが物語の中で数回登場します。そんなとき、翔は
「女子たちがこっちを見ている。汚いものを見るような目だ。どうしてそっと見守ってあげられないんだ。どうしてそんなに気にするんだ。」
と憤るのです。偏見に満ちた人って、どこへ行っても一定の割合でいますよね。
また、翔のような人を支える人たちの悩みにも触れています。ある人は、そのことで精神を病んで自殺未遂まで起こします。私も今、認知症の母を介護しているので、気持ちが良く分かります。自分のことに集中できず、かと言って、考えたところで解決策などない日常は辛いものです。
そんな翔ですが、社会に出るってどんなことか、働くってどんなことか、少しも勉強が出来ない自分に何ができるのかを真剣に考え、最後に彼なりの答えを出します。それは何かを達成したとかではなく、スタートラインに立っただけのことなのですが、私は彼の理想を応援してあげたい気持ちになって本を閉じました。