以前通っていた合奏教室でバイオリンを一緒に弾いていた70代のお婆さんから8月に、
「11月に公民館で《大人の発表会》というイベントがあって、それに出場したいから協力して」
とメールが届きました。
やる気がなくて、上手でもない合奏教室のメンバーに失望して辞めた経緯があるので参加するか迷いました。しかし、同居している父親以外の人と一週間誰とも話をしないことが珍しくない私は人と話すことに飢えていて、結局、参加すると伝えました。
練習は9月上旬から始まり、月2回のペースでお金持ちのお婆さんの広い自宅で行われました。
ということは、本番までに4回しか合奏練習ができません。3分くらいで終わる曲を3曲やるとしか聞かされず、第一回目の練習へ行きました。
お婆さんとその友だち2人(70代女性)と私の合計4人で、ファーストとセカンドに分かれて合奏します。
楽譜を渡され、いざ練習開始!私は初見でバリバリ弾けるような能力はないので、ボーイングを気にせずたどたどしく弾き始めましたが、
「ひどい!」
と心で叫びました。私以外の3人は一か月前から練習してると聞かされていたので、かなりガッカリです。このクオリティで練習を続けるのは嫌だったので、私は3人にスパルタで臨むことを心の中で誓いました。
まず、全員、互いのことを知らないとダメなので、全員がファーストもセカンドも練習してくることを命じました。
次に、音程がメチャクチャなので、毎日の練習前に必ず音階練習を10分はすることを命じました。
最後に、テンポがバラバラなので、楽譜に指定されたテンポよりも遅いテンポで良いからメトロノームに合わせて弾けるようになることを命じました。
みなさん、私より15歳以上年上なので命令というよりお願いという感じで話してきたのですが、さて、どうなるか。
第二回目の練習です。
年寄りなので長時間の練習は出来ないのですが、3人とも素直な人たちだったので練習はしてきてくれました。ただ、3曲×2パターン(ファーストとセカンドに分かれるから)で6曲練習する宿題は厳しかったみたいで、「初見じゃないな」、と分かる程度です。人と合わせるレベルには達していません。というか、メトロノームに合わせることもまだ無理。
しかたがないので、私が最初に一人でメトロノームに合わせて弾いて見せて、その後に同じ曲をみんなで合奏するということを繰り返しました。2時間の練習時間中に6曲あるうちの2曲しかできませんでした。
レッスン中、私がお婆さんたちの演奏を聴くたびに、「ウ~ン・・・」としか言わなかった(人生の先輩にダメ出しはできなかった)ので、3人のお婆さんたちに危機感が共有されたみたいでした。《大人の発表会》には既にエントリーしてしまっているのだから頑張るしかないのです!
第三回目の練習です。
とにかく3人は自由に弾くクセがあるので、オン・テンポで引くことを体で覚えさせるためにメトロノームを鳴らしながら、合奏してみることにしました。始めは合わなかったのですが、指定されたテンポよりかなり遅いテンポで演奏したことと、間違えるたびに私がその箇所をお手本で弾いて見せることでなんとか課題曲3曲をやりきりました。
私がいないとき、お婆さんたちは1時間お茶を飲みながらお喋りし、残り1時間練習という感じで合奏を楽しんでいたのに、この日は途中10分間の休憩をしただけで2時間みっちり練習しました。
お婆さんたちはグッタリしてましたが、間違えたり、落ちる人がいるたびにお手本で独奏していた私もグッタリでした。挨拶の時は別として、練習中はニコリともしない私がプレッシャーになっているように感じました。でも、言葉で「ダメ」とかは言ってませんから。「ウ~ン・・・」ってうなってましたけど。
第四回目の練習です。
この日は本番前最後の練習なので、パートごとに分かれて本番を想定した練習に徹しました。ですが、楽譜に指定されたテンポで演奏するのは無理だったので、お客さんに許してもらえる範囲で遅いテンポにして演奏することを決めて、あとはひたすら合奏練習です。
みなさん相当練習してきているみたいで、3回やると2回は止まることなく、なんとか最後まで弾けるレベルまできました。この日は途中10分間の休憩ののち、いつもより30分延長して練習し、クタクタになるまで練習しました。私も含めて、もうすぐ観客の前で演奏するという現実がそうさせたのです。
本番当日。
《大人の発表会》は出し物は何でも良いみたいで、フラダンスやおやじバンドなんかもいて、いかにもお祭りって感じで私は「ほっ」としました。厳かな感じのする発表会だったら嫌だなと当日まで心配だったのです。
私たちのデキはまあまあでした。途中、間違えたり、落ちる人もいたのですが、パートごとに2人いたので、パートまるごと全滅しなかったからです。だれかが失敗していても他の誰かが演奏しているという状態までもっていけたのだから、最初のクオリティの低さを知っている私は上出来と思いました。
最後に残念だったことですが、終わった後、私は打ち上げに呼んでもらえませんでした。練習から本番まであからさまに嫌な顔をされたり、無視されたりはなかったのですが、やっぱり15歳以上年下で、音大を卒業しているわけでもない私に指導されたのが愉快ではなかったらしく、後日、私がいない通常メンバーにもどった姿で、私の知らない所で打ち上げをしたみたいです。
私が男性で、15歳以上の歳の差があるので、話が合わないという現実はあるのですが、本番までの苦労で慰労会を楽しみにしていた私はガッカリしました。自分で言うのもなんですが、私が彼女たちに提供したものはお金を取っても良いようなものだと思ってます。現金をもらうと本当に友情とは関係のないビジネスの関係になってしまうので、私もそれは望みませんが、本番後にファミレスにでも誘ってくれて、グラスビールでも飲ませてくれれば、ここで恨み節を書くこともなかったでしょう。
出かけていかなければ出会いはないわけだけど、出かけて行っても友だちってできませんね。苦い思い出を作って、私の《大人の発表会》は終わりました。