塩野七生、新潮文庫
☆☆☆
この巻では、第三次十字軍から第五次十字軍までをあつかっています。
そして、第三次十字軍は後世の歴史家から、《花の第三次十字軍》と呼ばれることになるので、紙面も多くとってあり、前半3分の2はリチャード一世とサラディンの戦闘に費やされています。
パレスチナは政治と軍事において実績を積み上げ、イスラム教徒たちから尊敬を集めているサラディンがスルタンとして守っているのですが、そこへ後世の歴史家から《ライオン・ハート》とあだ名を付けられるリチャード一世が1191年になって乗り込みます。
このリチャード一世ですが、生涯のほとんどを戦場で過ごすことになる根っからの軍人で、政治力は未知数なのですが、戦争はめっぽう上手なのです。サラディンも軍人としての偏差値なら70あるのですが、リチャード一世は軍人偏差値80です。
サラディンは正面切っての戦いでリチャード一世を屈服させるのは無理と判断し、リチャード一世の行軍経路を焦土作戦で破壊して、戦闘を膠着状態にします。
そして、二人は使者を送り合いながら講和を話し合うことになるのですが、なんと二人は宗教の垣根を越えて親しみを感じるようになっていくのです。優秀な人間は優秀な人間を知るということです。
田中芳樹という作家が、リチャード一世が捕虜にしたイスラム兵を一度に3千人皆殺しにしたことを著作の中で残虐と批判してますが、これは、サラディンが捕虜を抱えたリチャード一世の行軍速度が落ちることを意図した作戦だったので、リチャード一世が狂信者だったというのには当たらないと思いました。というか、サラディンも捕虜にしたキリスト兵を何千人と処刑しているので、この時代の宗教戦争では当たり前の光景で、平和な日本で育った私たちが現代の感覚で一方的に、《非人道的》と批判するのは的外れです。
講和が成立し、リチャード一世がヨーロッパへ帰った後、サラディンがリチャード一世のことを《型破りな男》と親しみを込めて呼んでいるのですが、その後のリチャード一世の人生もまるで冒険譚を読んでいるようで、こんな風に思いのままに生きられたら、さぞや愉快だろうなと思わせる男でした。
その後の十字軍ですが、少年十字軍、第四次十字軍、第五次十字軍と続くのですが、少年十字軍は、
「ぼうやたち、おじさんたちがパレスチナに連れて行ってあげるからね」
と船に乗せられて、そのまま北アフリカにあるイスラム教徒が経営する奴隷市場に連れていかれ、全員売り飛ばされてしまいます。十字軍の敵はイスラム教徒だけとは限らないんですね。
第四次十字軍はなぜか東ローマ帝国の首都であるコンスタンティノープルを陥落させ、そこを占領して終結。
第五次十字軍は指導者としてローマ法王庁から送り込まれた枢機卿が非現実的な作戦ばかり立てたせいで、イスラム軍に敗退。なんとか残存兵力をまとめてヨーロッパへ逃げ帰っています。
第三次十字軍は優秀な男と優秀な男が指揮を執って戦争するという手に汗握る緊張を味わえ、少年十字軍、第四次十字軍、第五次十字軍は失敗学として読む価値があります。集団で事に当たると、無能だが声の大きな奴らを相手にしなければならないのは現代のサラリーマンも同じですからね。
次の巻では、戦闘を一度もしないで、エルサレムを奪還したフリードリッヒ二世が登場予定です。実際に使うばかりが軍事力の使い方ではないということを証明した人です。次の巻も楽しみです。