あすにはなろう

思ったことをとりとめもなく書いてます。何のまとまりもありませんが、読んでいただけたらうれしいです。

霞が関であった本当にクソな話し

私のブログに★を付けてくれた人のブログへ行って、コメントを書いたら、

「官僚の仕事は大変」

と書いていただきなんとなく申し訳無い気持ちになりました。

 

たしかに霞が関で働いていたころは毎月100時間残業してましたが、立派なことなんてありませんでした。

 

京都大学卒業の女性課長補佐(キャリア)Aさんは同じ部屋にいた東京大学卒業(キャリア)の男性課長補佐Bさんが好きでした。

 

そんな所へ九州大学卒業の女性Cさんが新規採用で入省しました。

 

BさんはCさんが可愛らしいので、何かにつけて声をかけていたのですが、それを見てAさんが焼き餅をやいて、Cさんが作る書類に言いがかりのような文句をつけるようになりました。

 

その様子は街でチンピラが善良な市民に絡んでいるようでした。Aさんは30代キャリア官僚、私は30代ノンキャリア。官僚の世界は軍隊と同じで、上官のやっていることに口を挟むことはできません。私はCさんを助けられませんでした。

 

半年経った頃、その日もCさんがAさんの粘着質な叱責を受けていました。とうとう、顔を手で覆って声を上げて泣き始め、課長補佐の机の横でしゃがみ込んでしまいました。

 

同じ20代の同僚がCさんを抱えて休憩所へ連れていきましたが、部屋から出ていくCさんにかけたAさんの言葉がわすれられません。

 

「ふん、泣かせてやったワ」

 

出てくる登場人物がみな旧帝大卒なのを除けばまるで小学校の教室で起きた事件でしょ?Cさんはその翌日から来なくなり精神科医の書いた診断書を提出して3ヶ月間休職。復職したときのCさんには入省したときの笑顔はなく、出勤したときに机の上においたA4の書類をジーーーットながめているだけ。1800にのそりと立ち上がって一言も発せず帰宅するようになりました。Cさんは3月に自己都合退職しました。

 

★補足になりますが、キャリア官僚の方たちは部下を何人潰したかがそのまま勲章になります。それだけ部下を熱心に指導しているということらしいです。

 

こんなクソな事件がまだまだいくつもあるんです!だから、私の尊敬してた先輩(ノンキャリア)は日本に絶望して、普段の生活費を残して、そのほかはすべて米ドル貯金(米ドルMMF)してました。

 

ときはリーマンショックが起きた年です。そのころから65歳で定年退職するまで先輩はずっと米ドル貯金を続けたそうだから、一財産どころか三財産くらい手にしたと思います。

 

①為替が1ドル=100円から1ドル=156円になった。

リーマンショックが起きた2008年から現在まで、政策金利は常にアメリカのほうが高かった。

 

以上の2点によるものです。

 

霞が関は日本の頭脳なんて人もいるけど、やっていることは小学生とかわりません。