うつ病、無職の雑記帳

孤独です。しあわせになりたい。

人生は運が半分

私は人生を充実させるためには《努力》《才能》《運》がバランス良く必要だと思っています。

 

どんな才能を持って生まれてくるかも運みたいなものだから、人生の3分の2は運で決まると実際は思っています。なので、この記事のタイトルも

 

【人生は運が3分の2】

 

とするのが私の思いを正確に表しているのですが、それだとタイトルとしてゴロが悪いので運が半分としました。

 

要するに、人生は運の要素が強いって話をこれからします。

 

私には40代の中ごろに短い期間関わった地主がいました。自慢話ばかりする下品な地主で人間的には尊敬できない人だったのですが、今になって思い返してみると興味深い人生を送った人でした。その彼をAとして話を進めていきます。

 

Aは欲望の強い男でした。日本大学に在籍していたそうなのですが、当時から、イイ女を抱きたい、外車に乗りたい、でかい家に住みたい、旨い物が食いたい、人よりイイ服が着たい、など尽きない欲望があったそうです。

 

Aは考えました。

 

「サラリーマンになったんじゃ俺の夢はかなわない」

 

との結論にいたり、小さな不動産会社に就職しました。

 

「なんだ、就職してるじゃん」

 

と思った方、少々お待ちください。Aは小さな不動産会社に一生を捧げる気なんてありません。

 

私は以前、このブログで

 

「投資をするにしても種銭がないとできないから貯金しよう」

 

と勧めましたが、一つだけ種銭がなくてもできる投資があるのです。それが不動産投資です。Aは大学生時代にそこに目を付けて、ノウハウを学ぶために不動産会社に就職したのです。

 

不動産投資というのはとても不思議な分野で、銀行から借金して投資ができるんです。失敗すれば購入した不動産を銀行に取り上げられて借金まみれになるハイリスク投資ですが、当たれば莫大なリターンを得られる投資です。

 

Aが不動産会社での修行を終えて独立し、この分野に参入したのが50年代末期です。このころからバブル経済が破綻するまで

 

土地神話

 

という物語が続きました。1991年まで土地の値段が右肩上がりに上昇を続けたのです。30年以上値段が上がり続ければ大衆は

 

「土地の値段は下がらない」

 

と思い込みます。Aは賭けに勝ち、この波に30年間乗り続けたのです。

 

しかし、91年に地価の暴落が起こって土地成金の少なくない数の人が路上生活者へ転落したのですが、Aの人生のクライマックスはここからです。

 

Aは87年に人間ドックで早期の胃がんが見つかります。手術をして無事生還するのですが、入院中に

 

「これは神様がそろそろ無茶な生活はやめろ」

 

と言っているんだな、と思えたそうなのです。

 

退院後、大きくなった会社を縮小することを従業員に告げて行動にうつし、普段使いに使っていたクラウンだけを残して5千CCのベンツとポルシェは売却しました。

 

Aは奥さんと子供二人がいたのですが、別にマンションを与えて愛人を囲っていました。愛人には手切れ金としてマンションと3千万円を与えて別れたそうです。

 

会社は自分一人で管理できるまで小さくし、その過程で売却した土地や建物の代金はバブル経済の真っただ中だったため、銀行へ借金を返し、従業員へ退職金を払ったあとでも自分と家族が一生贅沢に暮らしても尽きることがない金額になったそうです。

 

Aが連日の夜遊びや、愛人から離れた数年あとにバブルが弾けます。Aは言ってました。

 

「あの頃、一緒にゴルフしたり、銀座のクラブで飲んでた不動産屋のオヤジたちとは誰とも連絡が取れなくなっちまった。今頃どこで何をしてるんだろうなぁ」

 

こんな風に運だけで渡世をした男も本当にいるのです。だから、そのまた逆の人生もあるのでしょう。不遇な人を指さして、

 

「努力が足りない」
「自己責任」

 

と言葉をぶつける前に人生は運に大きく左右されると思い出してください。